MENU

NORTH TOURING `96(長編北海道一周日記)Episode 0-2/3

Vol.0 DREAM
Episode 0   2/3

 

 高校に入って バイトしたお金でようやくサイクリング用にマイ・チャリを購入した。10万円以上するマウンテンバイクだ。(今考えれば なぜここまで高価なものを買ったのだろう。)ちなみにバイトは郵便物の配達。しかもチャリ。^_^;。

 マイチャリを手に入れてから走った所といえば、奈良県内であれば北は月ヶ瀬村(今はもう合併して奈良市)から南は大台ヶ原まで。県外では大阪空港くらいかな?そのほとんどが もう一人のチャリダー(チャリ友)と一緒に走った。

 そして高校二年生の時にした大きな旅が一周間かけての紀伊半島一周だ。宿泊を兼ねての自転車の一人旅はその時が初めてだった。

 しかし その旅が僕に初めて「もう自転車をやめたい(>_<)」と思わせられるものとなった。
なぜならその旅が今までとは比べ物にならないほど過酷なものとなったからだ。

そもそもその旅が過酷なものとなった理由は、僕がまだ自転車旅行になれていなかったのが大きな原因である。

なんせそれまでの旅ではせいぜい日帰りで、荷物は軽かった。
だがその紀伊半島一周の時は、自転車のリア・キャリア(荷台)にサイドバックを装備させて、その中ににテント、寝袋、そして背中にリュック。
そんな重装備だったのだ。だから走行時間が増えるに比例して、それによる疲労度が増していった。

 さらにその旅が過酷なものとなったもう一つの理由、
それは地図には載ってない「坂道」だった。「海沿いの道だから坂なんかはほとんどないだろう。」と思っていたが、それは大間違いだった。

 岬に無理やり道路を作ったような紀伊半島(そこに住んでいる人スイマセン。m(__)m)の国道42号線はほとんど坂道の連続だった。
 しかも一度登ったらあとは降りるだけなんてそんな甘い坂ではなかった。たとえ軽装備だったとしても、登りきると息切れする程の坂道のアップダウンが常に連続していて、それは気が遠くなるほど続いた。

 そしてその旅が過酷なものとなった最後の理由、「日差し」だ。
夏だからといって半袖しか用意してなかった僕はとてつもないバカだった。
露出した腕は火傷を負ったように一気に赤く腫れあがった。出発からわずか2日目にして 日光に当たることすら痛みを感じるほどのになってしまった僕の腕は、帰り道になると、めくれた皮の下の皮膚までも腫れるという 見るからに痛々しい姿と化していた。

 はっきり言ってそれは決して楽しい旅ではなかった。走っている時はほとんど
「目的地まであと何キロ?」
「まったく、登ったり降りたり・・・何回そんな坂が続くねん!!うっとうしい坂や!(--メ)登らせるのやったら降りさせるなよ!!無駄なことさせやがって!!」
「何で俺一人がこんなに苦しまなあかんねん!!俺はなんてアホやねん。こんなことを好き好んでやって・・・。」
「他の連中なんか今ごろみんなで楽しくこの夏を過ごしてるっていうのに!!(ーー”)」
とかをひたすら頭の中でぼやいてた。まだまだぼやいてたと思うが自分が惨めになるので控えとこう^_^;。

 とにかく「こんなことは二度とするまい!!(ーー”)」と思ってしまう旅で終わった。

 この旅が終わってから僕は本気で考えた。

他のチャリダー達は一体何が楽しくてこんな苦しい思いをするのだろう。僕のようにただ遠くまで走ったことを自慢したいだけじゃないのかと。

Vol.0 DREAM Episode 0   2/3


<広告>